映像
森ゼミ
皆さんバレンタインに告白した経験はありますか? この作品はバレンタインの1日に巻き起こるラブコメディです。気になっている人と喋っている何気ない会話が楽しかったり、素直になって気持ちを伝えるということが恥ずかしかったり、突然予想外のことが起きて弱気になったりときっと誰もが経験したことのある感情を“恋心”にのせて描きました。主人公の気持ちに共感しながら甘酸っぱい二人の恋模様にキュンキュンできるお話となっています。
映像
森ゼミ
少女が校舎の裏庭で不思議な少女に出会うアニメーションです。
誰もが経験する対人関係のトラブルを題材に、主人公が自身の中にある葛藤と正面から向き合う姿を描く心理ドラマとして制作しました。
孤独や苛立ち、攻撃性といった自分の嫌な部分と向き合うのは簡単なことではありません。ですが、孤独の原因は外的要因だけでなく、自分の内面にも原因があります。
本作では、自分の嫌な一面を含めて自己認識することで、自身が変わるきっかけや、見つけ直す時間を視聴者に提供することを目標に制作しました。
写真、写真集
森ゼミ
「ありのままでいい」
大学生になり、私は少しずつ自分の羽を伸ばせるようになりました。
自分の「好き」を好きだと言えるようになりました。
しかし、自由にありのままでいられる環境は誰にとっても当たり前ではありません。
それでも自分の好きを大切にし、それを誰かに伝えようとする行為はとても尊いことだと思います。
本作では、被写体となってくれた彼らと共に、過去の辛い経験や感情を写真に焼き付けました。
展示した写真は銀塩プリントで仕上げ、作品の色や質感をより感じていただけるよう工夫しました。
また、写真集の制作も行いました。写真だけでなく、4名の被写体に「ありのままでいられなかった過去」について伺い、その内容を自分なりに噛み砕いた言葉として綴りました。
映像
森ゼミ
冬の終わりから春へと移ろう、ある夜の情景を曲と映像で表現しました。
本作は、芥川龍之介の小説『地獄変』にある「確、もう梅の匂いでも致しそうな、うすい月の光のさしている、暖かい夜でございました」という一節から着想を得ています。その静かで澄んだ情景に惹かれ、自身の記憶にある雪の積もった夜の体験へと重ね合わせました。
月の光が雪に反射し、いつもより明るく感じる夜。空気が澄み、足音や声がはっきりと響く感覚。そうした冬の夜特有の繊細な空気を、音楽と映像で表現することを試みました。
余白を大切にし、記憶を辿るような構成としています。大きな展開ではなく、光や色彩の移ろいによって季節の変化と時間の流れを感じられるよう意識しました。 同じ日は決して訪れないからこそ、日常の中で見過ごしてしまいがちな瞬間に、些細な日々の記憶に目を向けた作品にしました。
映像
森ゼミ
ネズミのキャラクターに人間の姿を重ね、集合住宅を舞台に人間社会の縮図を描いた作品です。本来は私的な空間である自室にも、どこか他者の視線や気配を感じてしまう現代的な感覚をテーマにしました。制作には主にBlenderを用い、3DCGでカメラワークと視線の演出にこだわりました。
映像
森ゼミ
一人で塾を立ち上げてから40年以上。かつてその教室からは、灘高校や京都大学といった難関校へ、多くの教え子たちが羽ばたいていきました。しかし、コロナ禍を境に塾を閉めざるを得なくなったあの日から、教室から生徒の姿は消えてしまいました。
現在、生徒数はゼロ。それでも先生の「学び」と「情熱」が止まることはありませんでした。なぜ、そこまでして教壇に立ち続けようとするのか。そこにあるのは「もう一度、
誰かの手助けをしたい」という、あまりにも純粋で切実な願いです。
そんな先生の生徒に対する想いが詰まった作品です。
写真、写真集
森ゼミ
夢中の中にあるもの、なにかに没頭している姿そのものに、私は強い魅力を感じる。
夢中になれることなんて特にない、と感じている人もいるかもしれない。
けれど「夢中」という感覚は、特別な瞬間だけにあるものではなく、日常の中に溶け込み、意識しなければ見過ごされてしまうものでもある。
ふとした仕草や視線、何気ない行為の中に現れる、無意識の集中。
そうした日常に溶け込む夢中の瞬間をフィルムに焼き付け、スナップという形で表現しました。
夢中という意識の中の「その時、その瞬間」を映し出したくて、デジタルではなくあえてネガフィルムで撮影するということに、とてもこだわりました。
映像
森ゼミ
自分の理想の顔を現実の顔にできる商品の架空広告映像を制作した。
本作に使用した顔モデルは、現在の女性芸能人人気ランキングやそれに基づく学内アンケートの結果をもとに制作した。SNSの発展により、他者と比較される機会が増え、ルッキズムはより身近で加速する問題となっている。
本作品では、理想を追い求めることと、そこに潜在する違和感を可視化することで、外見の価値をどのように捉えているのかを問いかけた。
正解や不正解を示すのではなく、鑑賞者一人ひとりが自由に解釈し、考えるきっかけとなることを目指している。
映像
森ゼミ
「ヒーロー」と聞くとどんな人物を思い浮かべますか?
正しい?強い?みんなに愛される?本作は、「だれかのためになりたい」という気持ちに焦点を当てた、“問題児ヒーローたち”による、ちょっと救われるコメディドラマです。
問題⾏動を理由に集められた3⼈の⼥⼦⾼⽣は、⼀週間限定で「ヒーロー部」として校内奉仕活動を命じられる。⾃⼰肯定感の低さから周囲と距離をとっていた奈津、⼀匹狼だが情に厚い芽⾐、他⼈に期待しない合理的な愛⼦。バラバラな3⼈には、「はぐれもの」で「ひとり」だという共通点があった。彼⼥たちは、⼩さな助けを通して少しずつ⼈と関わり始める。しかし、奈津はヒーロー部でも役に⽴てていないと悩んでいた…
カード、映像
森ゼミ
出来事としては思い出せないけれど、なぜか懐かしく感じる光や風景があります。そのような輪郭の曖昧な記憶の断片を集め、写真・言葉・映像による作品を制作しました。
透明なカードの写真は記憶の一コマであり、それぞれのカードにはその瞬間に付随する感覚をすくい上げた言葉を添えました。鑑賞者が箱を開け、一枚ずつカードを取り出す。その手に取る時間そのものが、自身の記憶を静かに手繰り寄せる動作と重なるよう意図しています。透明な素材は、触れれば揺らいでしまいそうな記憶の儚さを象徴しています。
映像では、記憶が頭の中で連鎖していく感覚を表現しました。明確な始まりや終わりを持たない構成をループ再生させることで、記憶が絶えず巡り続ける状態をかたちにしています。
また、撮影にはデジタルカメラを用いています。少し古さを感じさせるデジタル特有の光のにじみや粒子感を、頭の中で再生される不確かな記憶の質感として視覚化しました。
ひとつひとつの「ひとかけら」が、鑑賞者自身の内側にある記憶と静かに重なり合い、それぞれの物語を呼び起こすきっかけとなることを目指しています。
映像
森ゼミ
いじめは特別な誰かが作り出すものではありません。誰かのせいだけで起こっているものでもありません。見てみぬふりや沈然が積み重なり、気づかないうちに「環境」として存在してしまう。本作では、自身の経験をもとに被害者でも加害者でもない「ただその場にいた1人」の視点から、いじめの然殺という行為の重さ描きました。本作は「いじめ」を題材とした約3分の公共CMです。見ていた、気づいた、でも動かなかった。そういった場面に出くわしたときに自分がどう動くのかを改めて考え直していただくきっかけになる作品になればなと思い制作させていただきました。
ポスター
森ゼミ
日本の植物の中に入り込んだ外来種と、そこに根付いてきた在来種。同じ環境で生きるそれぞれは、知らないうちに混じり合い、境界を曖昧にしていく。その姿は共存なのか、対立なのか。そんな植物たちの様子をデジタルで描き、ポスターにした。パッと見ただけでは、何が何の植物か分からず、単純な植物のポスターになってしまう為、キャプションには作中の外来植物、在来植物を紹介し、見た人に自由に解釈して貰う作品になっている。
映像
森ゼミ
大学生活を孤独に過ごしてきた主人公・葉(よう)は、いつか社会からも孤立していくかもしれないと不安に思っていた。しかし、亡き親友・桜を思い出したことをきっかけに、夢の中で、伝えられなかった気持ちを伝え合う。桜を亡くしてからずっと孤独を感じていた葉は、誰かを想う気持ちの温かさに気付き、初めましての自分で生きていくことができる。 私は、一人でいることや誰にも愛されていないと思うことで孤独を感じてしまう人たちに、誰かと一緒にいることや誰かに愛されていることが全てじゃないということ、誰かを何かを愛している時は孤独ではないということを伝えたいです。自分の愛する人や、ものが遠くにいたって、関係ない。愛するという行為は、自分自身の孤独を救うことができる。そう思っています。 この作品が、愛について考えたり、孤独じゃないと思えたり、あなたにとって初めましての生き方ができるきっかけになればいいなと思っています。
映像
森ゼミ
私から見た4人の少女に、私自身のイメージを重ねながらそれぞれ異なる世界観を与え、人が持つ多面的な魅力を引き出すことをテーマにした作品です。人は決して一つのイメージに固定される存在ではなく、見る側の視点や置かれた状況によって、その印象は大きく変化します。そうした変化や揺らぎを表現することで、他人だけでなく自分自身の見え方についても改めて考えるきっかけになれば嬉しいです。
映像
森ゼミ
北海道で生まれ、京都の大学に通う私は常に観光客が近くにいる環境で生活してきました。自分の好きな場所が人気になることに嬉しさを感じると同時に、観光地でのオーバーツーリズムに課題を感じていました。自分に何かできることがないのか、そんな思いである方に取材をしました。ツーリストシップという考え方を広める田中千恵子さんです。旅行者が自らの行動に責任や関心を持ち、旅先への思いやりを持った選択を持つことがツーリストシップです。住む人と訪れる人が交わり合い、また新たな文化が生まれる。見た人が、そんな社会の一員になってくれたら嬉しいです。
映像
森ゼミ
近年、多くの若者が言葉にしづらい「生きづらさ」を抱えている。
中でも、ヤングケアラーとして家庭を支えざるを得ない学生は増加しており、その孤独や負担は、周囲からは見えにくく、簡単に語れるものではない。
ヤングケアラーが抱える喪失感は、親の死やケアの終了とともに突然現れることが多い。
本作は、ヤングケアラーという存在を知っている人にも、そうでない人にも、「喪失と共に生きるとはどういうことか」を考えるきっかけを提供する作品である。
映像
森ゼミ
本作「echo」は、七つの大罪をモチーフに、人の内面に潜む欲望や衝動、その“余韻”を描いた作品である。怒りや嫉妬、傲慢といった感情は、一瞬で消えるものではなく、行動や記憶として残り続け、やがて自分自身へと跳ね返ってくる。本作では、それらを「echo(残響)」として捉え、映像表現に落とし込んだ。七つの罪は他人事ではなく、誰の中にも存在するものであり、本作は観る者自身の内面と向き合うきっかけとなることを目指している。
映像
森ゼミ
いつからだろう、自分が好きなものがわからなくなったのは。本作は、自分の気持ちを後回しにしてきた女性が、“花束を選ぶ”という行為を通して自身と向き合い、「自分のために選ぶ」という感覚を取り戻していく姿を描きました。静かな映像と余韻を持たせた音楽によって、主人公の感情に重ね合わせられる作品を目指しました。誰かのために生きることが当たり前になった日常の中で、自分の「好き」に立ち戻る時間の大切さを伝えたいと考え制作しました。
映像
森ゼミ
本作は、ミュージックビデオとミニドラマの形式を組み合わせた映像作品です。過去に諦めてしまった夢と向き合う主人公を通して、社会や日常の中で、挑戦したい気持ちがありながらも一歩を踏み出せずにいる「停滞感」や「葛藤」を、独自の視点で表現しました。夢と現実が交差する世界観の中で、不思議な出会いを通じて主人公が自己を見つめ直し、成長していく過程を描いています。観た人がクスッと笑えたり、そっと背中を押されるような作品を目指しました。